top of page

ゲノム研究

統合失調症、うつ病、双極性障害、不安症など多くの精神疾患は、家族集積性を認め、遺伝率40-85%の多因子遺伝を示し、人口の約1-20%が罹患する臨床的・遺伝的に異種性を示す複雑で「ありふれた」疾患です。また、疾患の異種性を軽減するために、診断 (表現型)よりも疾患の中核である認知機能、性格傾向、脳構造/機能などが中間表現型として注目されています。これら中間表現型の障害は、非罹患近親者にも認められ家族集積性があり、遺伝率30-80%を示すことから、各精神疾患と同様に遺伝要因が関わり、疾患と中間表現型間に共通する遺伝基盤の存在が想定されています。

 金沢医科大学精神疾患研究グループでは、精神疾患や中間表現型に関わる遺伝基盤の解明を試みています。

遺伝率.jpg

知的機能と精神疾患

genetic correlation.jpg

Ohi, et al., Int J Mol Sci 2018

一般的認知機能(知的機能)は、経済的な生活の転帰や健康に関する転帰を規定する主な因子であり、高い遺伝性を認めます。認知機能障害や知的機能の低下は、統合失調症の主要な症状であり、発症前から認められます。これまでに、認知機能障害と統合失調症発症の双方に関わるゲノム領域の共通性が示唆されています。本総説では、一般的認知機能の大規模全ゲノム関連解析(GWAS)結果および認知機能障害と統合失調症発症の遺伝的共通性について概説しました。

統合失調症と喫煙量

TAG.jpg
TAG2.jpg

統合失調症患者は一般集団と比較して喫煙率および喫煙本数が高いことが知られています。統合失調症と喫煙量は共に高い遺伝率を示し、共通する遺伝基盤の存在が推測されています。統合失調症と喫煙量の全ゲノム関連解析 (GWAS)では、15q25が共通の染色体領域として同定されており、1つの遺伝領域が2つ以上の表現型に影響を及ぼす生物学的多相遺伝の観点から注目すべきゲノム領域と考えられます。

 本研究では、15q25上の統合失調症と喫煙量に共通して関連する遺伝子多型を同定するために、Psychiatric Genomics Consortium (PGC)における統合失調症およびTobacco and Genetics Consortium (TAG)における喫煙本数により評価した喫煙量の大規模GWASメタ解析からのSummary Statisticsを用いました。共通する遺伝子多型の遺伝子発現に及ぼす影響を検討するために、BRAINEACにおける健常者死後脳10領域においてexpression Quantitative Trait Loci (eQTL)解析を行いました。15q25上の22個の遺伝子多型が統合失調症および喫煙量双方と強く関連していました。これらの遺伝子多型は特定の脳領域においてPSMA4、CHRNA3、CHRNB4遺伝子発現と、複数の脳領域においてCHRNA5遺伝子発現と関連していました。複数の脳領域において、リスク遺伝子型は高い遺伝子発現量と関連していました。さらに注目したCHRNA5 exonレベルでは、リスク遺伝子型は、複数の脳領域において、特定のexon発現が高いことと関連していました。本研究の結果より、統合失調症および喫煙量に共通する遺伝子多型は、広範な脳領域においてCHRNA5遺伝子発現を制御することにより双方の表現型の病態に寄与する可能性を示唆しています。

Ohi, et al., Schizophr Bull 2018

遺伝子多型の民族間差異

Figure1.gif

Ohi, et al., Transl Psychiatry 2017

Psychiatric Genomics Consortiumにより世界中から統合失調症と健常対象者サンプルを集めて行われた大規模な全ゲノム関連解析研究(GWAS)では、108ゲノム座位に存在する独立した128個の遺伝子多型が疾患の病態に関わることを見出しています。しかし、この大規模GWASは世界中からサンプルを集めていますが、サンプルの大部分はヨーロッパ白色人種由来であり、アジア人サンプルはほとんど含まれていません。

 本研究では、統合失調症は民族差なく1%の頻度で罹患し、遺伝率は80%であるというエビデンスに基づき、大規模GWASにて同定した128個の遺伝子多型の民族間の差異を検討しました。1000 Genomes ProjectにおけるAfrican(AFR)、American(AMR)、East Asian(EAS)、European(EUR)、South Asian(SAS)サンプルを用いて、民族間における128個の遺伝子多型のアレル頻度のばらつき(Variability Index: VI)を算出しました。VIを用いてうまく民族間におけるアレル頻度のばらつきを検出できました。例えば、ばらつきの最も小さいrs36068923のEAS, EUR, AFR, AMR, SASのマイナーアレル頻度はそれぞれ0.189, 0.192, 0.256, 0.183, 0.194でした。一方、ばらつきの最も大きいrs7432375は0.791, 0.435, 0.041, 0.594, 0.508でした。さらに、GWASの主な構成民族であるEURとEAS間で128個の遺伝子多型のアレル頻度の差異を検討したところ、約70%に民族間のアレル頻度に有意な差異を認めました。しかし、Polygenic risk scoreの概念の様に、128個の遺伝子多型のアレル頻度を平均すると、民族間で差異を認めませんでした。本研究結果より、個々の遺伝子多型が疾患に寄与する割合は民族間で異なりますが、その総和では違いを認めず、このことが民族差なく約1%の生涯罹患率に繋がっているのではないかということが示唆されました。

神経症傾向

Neuroticism.jpg

神経症傾向 (Neuroticism)はパーソナリティー傾向の1つであり、Neuroticismが高値を示す人は、うつ病、双極性障害、統合失調症などの精神障害だけでなく糖尿病、冠動脈疾患などの身体疾患に罹患するリスクが高くなることが知られています。また、Neuroticismは脳構造や機能と関連することも知られています。最近のNeuroticismの全ゲノム関連解析 (GWAS)では、Neuroticismと関連する9個のゲノム座位を同定しています。脳の発達や機能は、脳部位や発達時期特異的な遺伝子発現により制御されています。

 本研究では、死後脳データベースを用いて、Neuroticismと関連する9個のゲノム座位に存在する遺伝子群において脳部位・発達時期特異的に発現している遺伝子を見出し、その機能を同定することを目的としました。9個のゲノム座位の中で、GWASで最も強い関連を示した遺伝子多型近傍の9個の遺伝子のうち、7個の遺伝子は脳組織特異的に発現する遺伝子であることが分かりました。これらの遺伝子は、グルタミン酸ネットワークと関連していました。我々は、統合失調症のGWASで同定された遺伝子は、主に胎生期や青年早期特異的に発現する遺伝子が多いことをこれまでに報告していますが、Neuroticismと関連する遺伝子は、遺伝子発現のパターンから胎生期特異的に発現する遺伝子群 (PTPRD, ELAVL2, MFHAS1)、出生後特異的に発現する遺伝子群 (KLHL2, CELF4, CRHR1)、発達時期非特異的に発現する遺伝子群の3つに分類できました。これらの結果より、これまでにNeuroticismとグルタミン酸系が関連するという報告はなく、グルタミン酸系が新規の治療ターゲットになり得ることを示唆しています。また、Neuroticismは様々な発達時期の発現する遺伝子の影響を受ける複雑なパーソナリティー傾向であることを示唆しています。

Ohi, et al., Prog Neuropsychopharmacol Biol Psychiatry 2017

​遺伝子発現

expression.jpg

Ohi, et al., Schizophr Res 2016

統合失調症は、80%の高い遺伝率を示す多因子遺伝疾患であり、病態には多数の遺伝子が関わっています。これまでに、Psychiatric Genomics Consortium (PGC)は世界中からゲノムサンプルを集め、統合失調症の大規模な全ゲノム関連解析 (GWAS)を行っています。PGCは108個のゲノム領域が統合失調症のリスクと関連することを報告しています。その領域内には300個以上の遺伝子が存在し、それらの遺伝子がどのように統合失調症の病態に関わっているかはよく分かっていません。遺伝子は組織特異的、各成長段階において時期特異的に発現していることが分かっています。本研究では、108個のゲノム領域内の遺伝子の中に、ある成長段階において脳特異的に発現する遺伝子があるかを調べました。その結果、9個の遺伝子は脳の中でも大脳皮質特異的に発現しており、MEF2CとSATB2遺伝子は胎生期特異的に、KCNB1とGRIN2A遺伝子は成年早期の大脳皮質特異的に発現していることが分かりました。今後、これら遺伝子の調べることで統合失調症の病態解明に役立つことを示唆しています。

ZNF804A​遺伝子

ZNF804A.jpg

ZNF804A遺伝子は統合失調症における初めての全ゲノム関連解析(GWAS)にて見出され、その関連はいくつもの追試にて再現されています。また、統合失調症だけでなく、双極性障害のリスクにも寄与することが報告されています。しかし、それら研究対象はヨーロッパ人の統合失調症や双極性障害に限局されており、日本人を含むアジア人の統合失調症や双極性障害においても同様にZNF804A遺伝子が統合失調症や双極性障害と関連するかはよく分かっていませんでした。本研究では、アジア人の患者13,452名および健常者17,826名において統合失調症や双極性障害とZNF804A遺伝子多型との関連のメタ解析を行いました。その結果、寄与率は低いですが、アジア人においてもZNF804A遺伝子多型が統合失調症や双極性障害と関連することを見出しています。

Ohi, et al., Am J Med Genet B Neuropsychiatr Genet 2016

精神疾患間の遺伝的共通性

polygenic.jpg

Ohi, et al., Schizophr Res 2016

全ゲノム関連解析研究(GWAS)では多くの遺伝子多型からなるポリジェニック因子が統合失調症(SCZ)の発症に寄与することを示唆しています。Discovery GWASサンプルから算出したSCZのポリジェニックリスクスコア(PRS)は、独立のTargetサンプルにおいてSCZのリスクを説明できることが分かっています。PRSが独立のTargetサンプルのリスクを予測できるかどうかの重要な要因は、Discovery GWASサンプルのサンプル数です。Psychiatric Genomics ConsortiumのCross-Disorderグループは、大規模なヨーロッパ人サンプルにおいて主要精神疾患 [SCZ、双極性障害(BIP)、うつ病、注意欠陥多動性症、自閉スペクトラム症]間の成人発症の3疾患(SCZ、BIP、うつ病)でポリジェニック因子を共有することを見出しています。

 本研究では、SCZのリスクに関わるポリジェニック因子が、様々な精神疾患や非精神疾患と関わるポリジェニック因子とオーバーラップするかを検討しました。Discovery GWASサンプルとして、5つの主要精神疾患および5つの非精神疾患の主にヨーロッパ人のGWASを、Targetサンプルとして日本人統合失調症サンプルのGWASデータを用いました。ヨーロッパ人由来のSCZ GWASから算出したPRSは、日本人Targetサンプルにおいて健常者よりもSCZ患者で高値を示しました。さらに、BIP GWASから算出したPRSも、健常者よりもSCZ患者で高値を示しました。これらの結果は、SCZとBIPが共通する遺伝素因を保有していること、ヨーロッパ人と日本人のSCZで共通する遺伝素因が関わっていることを示唆しています。また、非精神疾患のなかでは、慢性リウマチ(RA)のGWASから算出したPRSが、健常者よりもSCZ患者で低値を示しました。これは、SCZ患者はRAを発症するリスクが低いという疫学的なエビデンスを支持する結果です。本研究結果は、SCZ、BIPおよびRA間の共通する遺伝因子がSCZのリスクに寄与していることを示唆しています。

bottom of page